小宮真樹子による
『おそアサ会』特別レポート
――フランスの本にはそうある
※BLな内容も含まれます。苦手な方はお気を付けください。
4月26日に東京で開催された「おそらくこの世でもっとも影響力があるアーサー王二次創作作品についての大座談会―フランス流布本サイクルを中心に語る会」(以下、「おそアサ会」)では、国際アーサー王学会日本支部会長の嶋崎陽一先生、漫画家の山田南平先生、『いかアサ』執筆陣の椿詫助さんにご登壇いただき、13世紀フランス文学の魅力について語ってもらいました。
このページでは、その際に使用したスライドの一部を紹介いたします。(許可をくださった皆さま、ありがとうございました!)
そもそも、フランス流布本サイクルとはどのような作品なのか。下の図をご参照ください。
アーサー王物語の発展
中世フランスではアーサー王と円卓の騎士たちに関するさまざまな書物が著されましたが、その中の一つ、広く読まれた(流布した)物語群につけられたのが「フランス流布本サイクル」という呼称です。なお、当時はタイトルを決める風習がありませんでした。ですから、同じ作品に「流布本系物語(The Old French Vulgate)」や「ランスロ=聖杯(Lancelot-Grail)」、「聖杯の書(Le Livre du Graal)」といった題名も用いられています。
流布本サイクルの魅力は色々あるのですが、他のアーサー王作品と人間関係が異なっているのも見どころのひとつです。下の図を見れば、キャラクターの血統や名前が違うことが一目瞭然です。
(流布本サイクルの人物相関図は、嶋崎陽一先生のご協力のもと作成いたしました。心より御礼申し上げます)
主なアーサー王作品における人間関係
また、豊富な挿絵が見れるのも流布本の愉しみです。たとえば下の画像は、妻が夫にブチ切れているようにしか見えないバン王とエレイン王妃(ランスロットの両親・左側)です。
王妃が夫にメンチを切っているようにしか見えません
下の画像には旅の途中、泉で水を飲むガウェイン卿の勇姿が描かれているはずなのですが……。あまりに大胆なポーズゆえ、初めて見た時、山田南平先生には騎士の身体に馬の精神が宿ったように見えたそうです。
馬『あたしたち』 騎士『入れ替わってるー!?』
(山田南平先生のラインより)
流布本サイクルの同じ場面は、他の写本にも描かれています。
木の下にある泉がまたシュールです
遠近法を気にしない、大らかなタッチで描かれた馬の姿。中世画像のあまりのインパクトに、山田先生が金マビ画像コラをご作成くださいました。
馬に乗れるよりも他のところが気になりすぎます
また、流布本サイクルには「ランスロットくんの雄っぱいデカい(意訳)」という記述があるのですが、この写本に描かれた姿が本当に巨乳でした。下の画像、左のベッドに横たわっているのが騎士道の華・ランスロットくんです。
「ランスロの胸がデカいのは心が広いからです」(王妃の発言)
ここで休憩タイムと、毒りんご事件を再現する茶番を挟んでから、椿さんによるお気に入りエピソードの紹介が始まりました。
まじか!?と驚かれる方もいるかもしれませんが、上記の逸話は椿さんの創作ではなく、「フランスの本にはそう書いてある」のです。
椿さんからはもうひとつ、ガウェインと乙女にまつわるエピソードもご紹介いただきました。
続いて、嶋崎先生からは未邦訳のエピソードを日本語に翻訳したうえでご紹介いただきました。ランスロットと王妃の名場面です。
グニエーヴル(グウィネヴィア)王妃と騎士ランスロ(ランスロット)の、禁断の恋。彼らの苦しみと喜びを、フランス流布本サイクルは悲劇的ながらも美しく描いています。
その次に、山田南平先生からも、流布本の王妃についての漫画をご提供いただきました。『フランス中世文学集4』に収録されている「アーサー王の死」(天沢退二郎先生訳)からです。
聖杯探求に成功した騎士の一人ボオールですが、フランス流布本サイクルでは幼少期の荒ぶるエピソードも記されています。自分たちの領土を奪ったクローダス王の息子を、宴の席で殺していたのでした。
また、クローダス宮廷から逃げ出す際、リオネルとボオールの兄弟が魔法でグレイハウンドになります。湖の貴婦人から派遣された乙女が、彼らを安全に連れ出すために犬の姿へ変え、さらには身を挺して少年たちを庇うのです。
この逸話を『恋するMOON DOG』連載中で犬派の山田先生にお話ししたところ、これまた素敵作品にしていただいたのでございます…!
その後に小宮からも、流布本サイクルでお気に入りの場面を紹介させていただきました。アーサーの結婚直前にマーリンが「大事な用があるから式に出れないかも~」と言って立ち去っておきながら、いきなりローマ皇帝の元を訪れて「お前の妻が浮気しているぜ。あと小姓のひとりが男装の麗人だから結婚するといいと思うよ」と助言し、帰り際に「ノーザンバランドのマーリン参上!」と書き残していった逸話です。
現代日本の同人誌において「そのキャラにそのエピソードって必要?」という指摘がなされることもありますが、中世ヨーロッパ文学はそんなの気にしない。フリーダムに書きたいものをぶっこんでいます。
そして何より、フランス流布本サイクルで一番インパクトが大きいのは、「女巨人の息子にして世界征服の野望を抱き、アーサー王に戦いを挑むもランスロくんのために和解する」貴公子ガルオーというキャラクターではないでしょうか。
ランスロの勇姿に心を奪われ、ランスロの幸せのために尽くし、ランスロのために死ぬガルオー。なお、イベント当日は岡本広毅先生がイケボでガルオーの台詞を音読してくれました。
面白い逸話がぎゅぎゅっと詰まったフランス流布本サイクルは広く読まれ、その影響はさまざまな作品に見受けられます。
おそらく、もっとも有名なのはダンテの『神曲』でしょう。地獄で苦しむフランチェスカが、自分と義弟のパオロが恋に落ちたきっかけは流布本サイクルだったと語るのです。
フランチェスカの膝に置かれた書物が、フランス流布本サイクルです
ランスロと王妃が、ガルオーの仲立ちにより接吻を交わすシーンは流布本サイクルの中でも有名な場面です。
王妃のお付きのレディから丸見えです
そして何より、アーサリアンの皆さんは、トマス・マロリーの作品を通じてフランス流布本サイクルの影響を受けていると言えるでしょう。このように、フランス流布本サイクルは現代でもアーサー王物語にとって欠かせぬ要素となっているのです。